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現代アートの美術史~その2~

「現代アートの美術史~その1~」の続編です。

アメリカが世界のアートの中心地となった1940年代以降、1980年代にかけて、現代アートでは様々なジャンルが生まれていきます。その中でも下記に列挙したジャンルのアートを3節にわけて説明していきます。

1940年代に始まる:「アメリカ抽象主義」、「アンフォルメル」
1950年代に始まる:「カラーフィールド・ペインティング/ハード・エッジ」、「ネオ・ダダ」
1960年代に始まる:「ミニマルアート」、「ポップアート」、「コンセプチュアルアート」、「ランドアート」、「フェミニズム/ジェンダー」、「アルテ・ポーヴェラ/もの派」、「スーパーリアリスム」
1970年代に始まる:「グラフィティアート(ストリートアート)」
1980年代に始まる:「ネオ・ポップ」、「ネオ・エクスプレッショニズム(ニューペインティング)」

この約50年間に生まれた様々なジャンルのアートが、それぞれ「何を目指したアートなのか」を知ると、その作品の「意味(コンセプト)」を理解するのに非常に役立ちます。

第2回目の今回は、マルセル・デュシャンから「ネオ・ダダ」「ポップアート」「コンセプチュアルアート」への流れです。ここからは、2020/05/28投稿のコラム【そもそも現代アートとは?楽しみ方は?】を読んでから見ていただくとより分かり易いと思います。

【1917年の大事件】

  「現代アート」を語る上で、最も重要な事件が1917年に起こりました。
  2020/05/28の投稿で「現代アートの父」として紹介したマルセル・デュシャンは言いました。「芸術ではない作品を作れない
  か」。そして1917年、男性用便器を横にして置いただけの「泉」を発表します。この作品が発表された頃は、風景や人物を視覚
  的に綺麗に描く絵画(「近代アート」)を良しとする時代です。なのにこの作品は、既製品の便器を置き、サインを入れただけの
  作品で、デュシャンはこれを「芸術」と言い放ち、今までの芸術を全否定しました。今まで当たり前に思われていた、「芸術」と
  は一部の天才が創り出し、一部の人が美術館で鑑賞する高尚なものだという固定概念を問い直したのです。勿論世界中で論争が巻
  き起こります。
  このデュシャンは1910年代に始まる「ダダイズム」というジャンルの作家なのですが、その精神を受け継いだ作家たちが1950年
  代に「ネオ・ダダ」として活動します。この流れは日本を含む世界中に広まり、パッと見「何じゃこれ?」という作品が沢山生ま
  れ、現代アートをより楽しいもの、逆に言えばより難解なものにしていきました(笑)

【1950年代「ネオ・ダダ」】

  1950年代に生まれた「ネオ・ダダ」を紹介します。デュシャンの精神を受け継ぎ、これまでの一部の天才が創り出し、一部の人が
  美術館で鑑賞する高尚な「芸術」という固定概念を否定する「反芸術」をテーマとする作品が創られていきます。

 ■「ネオ・ダダ」 → 一言で「テーマは反芸術!」

  直訳は「新ダダイズム」。1910年代の「ダダイズム」の進化版です。一部の富裕層や貴族、宗教のために制作され、一般人の生活
  世界とは隔絶された美術館に置かれる高尚な「芸術」、という今までの固定観念を否定し、日用品や既製品、がらくたやゴミまで
  も使用し、「芸術と非芸術の境界を無化する」をテーマに「反芸術」的作品を生み出す。この「反芸術」はその後の現代アートに
  おいて、重要なキーワードとなっていきます。
  有名なのは、ロバート・ラウシェンバーグの印刷物、日用品、廃材などを集積させた「コンバイン・ペインティング」や、芸術と
  は程遠い身近なイメージをアートに取り込んだジャスパー・ジョーンズなどです。

【1960年代「ポップ・アート」】

  1960年代に生まれたジャンル「ポップアート」を紹介します。誰もが一度は目にしたことのあるアンディー・ウォーホルのマリリ
  ン、アメリカ漫画を引き延ばし写したロイ・リキテンスタインが有名です。
  一見色鮮やかなわかりやすい作品が多い「ポップアート」ですが、根本に流れるテーマは、「ネオ・ダダ」と同じ「高尚な芸術の
  否定」、つまり「反芸術」なのです。

 ■「ポップアート」 → 一言で「誰もが知っているイメージを大量生産!」

  20世紀後半の、大量生産・大量消費、マスメディアによる情報社会がもたらした、誰もが知っている大衆的イメージを芸術に持ち
  込むことで、芸術と非芸術の境界を曖昧にし、高尚な芸術を批判した。
  ウォーホルはマリリンやキャンベル社製のスープ缶など誰もが知っている大衆的イメージを、版画というプリント技術で大量生産
  することで、「一点モノで高尚」という芸術の固定観念を否定した。マリリンをモチーフに使ったのは世間の誰もが知っていてあ
  りふれたイメージであったからで、この発想は既製品の男性用便器を作品に用いたデュシャンの発想と同じである。
  有名なのは、アンディ・ウォーホル、ロイ・リキテンスタインなど。

【1960年代「コンセプチュアル・アート」】

  1960年代に生まれたジャンル「コンセプチュアル・アート」を紹介します。この「コンセプチュアル・アート」も「ネオ・ダダ」
  の「反芸術」という根本テーマを同じくする進化版の一形態です。
  「コンセプチュアル・アート」は、作品の美しさ、技術のうまさといった従来の価値ではなく、作品に込められたアイデアや意味
  (≒コンセプト)こそがアートの価値だ、と定義します。つまり簡単に言うと、アートとは「美的刺激」ではなく「知的刺激」
  を楽しむものですよ♪というアートです。「現代アート」が難解な「知的ゲーム」といわれる所以です。

 ■「コンセプチュアル・アート」 → 一言で「作品の意味を感じて楽しむアート!」

  「アートにおいて、作品の最も重要な要素はアイデアもしくはコンセプトである」(byソル・ルウィット)。
  芸術作品の目に見えるモノとしての美、技術力、感動、個性よりも、目に見えないコンセプトを重視する。極論をいうと、作品に
  込められたコンセプトが重要で、モノとしての作品自体はどーでもよい(笑)というアートです。
  有名なのは、ジョセフ・コスース、ソル・ルウィット、日本人では河原温など。
  このジョセフ・コスースの作品「ひとつおよび3つの椅子」(1965年作)は、現物の椅子、写真の椅子、辞書の「椅子」の項目の
  文章の3つを対比し、物体・記号(現物の椅子)と概念・記号の代用物(写真の椅子)と概念化(辞書の椅子の項)の関係性を
  考えさせる作品です。
  また河原温の作品「日付絵画」は、キャンバスを均一な単色で塗り、制作の日付だけを白抜きで描いた作品で、その日の意味を
  記号を用いて極限まで削ぎ落して表現した作品です。

因みに、世界のアート市場では、こんな値段で「ネオ・ダダ」「ポップ・アート」「コンセプチュアル・アート」は取引されています

このように、デュシャン以降、「ネオ・ダダ」を経て、「反芸術」の流れは現代アートの根底を流れるテーマとなり、「コンセプチュアル・アート」により、アートの本質は作品の外見(形)ではなく、そこに込められた概念(コンセプト)である、という結論に至ります。今までの「芸術」の概念がこの数十年間で完全に変わってしまいました。今現在もどんな作品でも多かれ少なかれ「コンセプト」が込められるようになり、今までにない新しい「コンセプト」や、今までにない全く新しい技法のない作品は、もはや世界で評価されないのが現状です。

次回は、【1960年代以降に始まる様々なアート】についてご紹介します。